この文章は2013年に執筆しました。
ある二人の人物について考えていた時に思い浮かんだものです。
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今日的な神話
ある大きな島の西側に
幸福で、栄えた集落があった。
海の幸 山の幸は 絶えず人々を満たし、
男も女も皆、歌い踊り、暮らしていた。
島の真中には高い壁の様な岩山があり、島を完全に東西に分け隔てていた。
西側の山だけでも充分な獲物がとれたので、誰一人その壁を越える、ということを考えつきもしなかった。
また、海岸で糸を垂らせば魚が釣れ、砂浜では貝が豊富に採れたため、船を持つ必要も無かった。
このようにして幸福な人々は島の西側だけが、世界であると思い込んでいた。
集落が栄えたのにはもう一つ重要な理由があった。
若く、たくましい首長がいたからである。
その首長の仕事はただひとつ、とれた幸を
分配すること。
それ以外の仕事は何もせず、時折女と交じり子を作った。
そして集まった幸と人々を見比べながら公平にそれらを分配する。
このようにして幸福な人々は、長く平穏な日々を過ごしていた。
しかし、ある年、突然飢えが人々を襲った。
海の幸も山の幸もぴたりと姿を見せなくなった。
その気配すらも消えてしまった。
幸の復活を信じ、首長が飢えを分配することではじめの頃はしのいだが、
飢えの進行と共に、人々は次第に島の反対側の存在を思い出し、そこに希望を託しはじめた。
島の真中の壁を超えようというものもいたが、壁はあまりにも高い。
首長は山の木を切り、船を作る仕事を人々に公平に課した。
そうして船が完成した頃、首長をのぞき皆が一斉に倒れた。
首長は自ら船に乗り、一人、東側へ向かった。
―
東側の海では、まだ少し幸が獲れた。
しかし持ち帰り、人々を満たすには
到底足りない。
山でもまた、少ないながらも獣の気配を感じた。
弓矢を持ち、罠をかける。
かつての西側の山であれば、獲物を捕るのは容易であった。
ここではまるで勝手が違った。気配のみを感じるが罠にはかからず、行けども行けども獣に出会うことは無かった。
そうして三晩すぎた頃、首長は遠目についに獲物が罠にかかっているのを見た。
しかしながら、近づくと首長のかけたものとは明らかに違った罠であった。
そこに一人の男があらわれた。
西側では見たことの無い男。
そして信じがたいほどに、首長と瓜二つの男。
首長は名を問うた。
が、言葉が通じない。
首長は自ら名を名乗った。
男が驚いた顔をし、それが名前であったことを解し、自らも名乗った。
首長もまた、驚いた。
男の言った名は、首長の母と同じものだった。
そして首長の名は、男の父と同じものだった。
こうして二人は出会った。
二人は、まず獲物を解体した。
それからお互いの腕を少しナイフで切り、獲物の肉に血をふりかけた。
肉とともに互いの血を飲み込むことで、それぞれの言葉を解せるようになった。
男は産まれてこのかた、この山で父と二人で暮らしてきた、と言った。
山の幸はとても少なく、海の物は全て毒だと父から教わっていた為、いかに山で二人が暮らす食べ物を手に入れるかだけを考えてきた。
そうやって暮らしているうちに、
男は父と自分と山が世界の全てだと思うようになっていた。
岩壁は男にとって世界の果てだった。
だが首長と出会い、唐突に、古い一つの記憶がよみがえってきた。
幼い頃、一度だけ父に世界について尋ねたことがあった。
父は言った
かつて、父の片割れに母というものがいた。
かつて、男の片割れに双子の兄弟というものがいた。
母は、産まれて間もない双子のうち、片方と交わった。
それを見た父は、母がもう片方と交わる前に、引き離し、やがて母の元を去った。
その後父が同じ話をすることは二度となく幼かった彼もやがて忘れていった
男が語ったその話は、かつて首長が母から聞いた話と完全に一致していた。
母は、産まれたばかりの幼かった自分と交わった。
それをみた父は、交わらなかった方の子だけを愛するようになり、やがて母の元を去った。
去る直前、父と母はそれぞれの子に互いの名前を授けることにした。
父は母と交わった子に、自分の名を与えた。
母は自分と交わらなかった子に自分の名を与えようとしたが、それが男の子であったため、まず雌のヤギに自分の名を与えた。
その雌ヤギを殺しその肉を食うことによって、片割れは母の名を自分のものにした。
このようにして首長は父の名を
男は母の名を、継いだ。
母は首長を、父の言語は使わず母の言語のみで育てた。
幸にあふれた場所で首長は自然と獲物を捕ることを覚えた。
そして二人は時折交わり、子を産んだ。
子たちもまた交わり合い、子を産んだ。
そうしてできたのが西側の集落であった。
父は男を、母の言語は使わず父の言語のみで育てた。
幸の乏しい山で暮らすため、そこでいかに獲物を捕らえるか、を教え込んだ。
そして幸の乏しい海に船で出かけることのないよう、海のものは全て毒であると教えた。
男が西側に行かぬように、ということだったのかもしれない。
そうして二人だけの世界でずっと暮らして来た。
首長は男、双子の片割れに自分の集落の現状を伝えた。
男は捕れた獲物の肉を、自分の食べるほんの少しだけ切り取り、残りは惜しげも無く首長に分け与えた。
「父の分は?」
「父はもう何日も前から、眠り続けている。」
それから男は首長に幸の乏しいこの山での獲物の捕り方を教えた。
二人の力で、いつも男がとる数倍の幸をえることが出来た。
次いで首長は乏しい山での獲物の捕り方を海につかい、乏しい海からもたくさんの幸をえることが出来た。
お礼として片割れに、海の魚や貝は毒では無いことを教え、分け与えようとしたが、男は決してそれらを口にしようとはしなかった。
――
首長は充分に集まった幸を西側に持ち帰った。公平に分配し、人々は飢えをまぬがれた。
やがて西側の山や海に、すこしずつ幸の気配が戻り出し、かつてと同じように豊富な幸がえられるようになった。
人々は満たされ、また歌い踊りながら幸福に暮らすことが出来るようになった。
首長が東側で出会った片割れの話すことはなかった。
人々はまた島の西側が世界の全てであると思うようになり飢えのことすら忘れていった。
首長の仕事は相変わらず分配することである。
が、今ではもう一つ、船に乗ること、も加わった。
海の幸が戻った今、船は必要無くなったが、それでも首長はしばしば船にのり、出かけていった。
船出からかえった首長はなぜか全く魚を
口にしなくなったり
かと思えば、前と変わらずおいしそうに
食べることもあった。
人々はすこし不思議に思うこともあったが、いつものように歌い、踊り、幸福に暮らしているうちに誰も気にしなくなった